※最初は写真を載せるのをためらっていましたが、現状を知ってもらおうと思い、載せる事にしました。
この写真は地震後母の兄が自宅寝室を撮影した物です。
本棚が枕を直撃しています。
もし、この地震が寝ている時に起きていたらと思うと、ぞっとします。
駐車場が避難場所(生活の場)、シャッターを使わずシートで遮っているのは地震が起きた時すぐに外に出られる為だと思われます。
子供達が着ているのはスキーウェアー。寒さをしのぐ為です。
大きな地震で怖い思いをしたろう子供二人の笑顔が何とも・・・・。
写真提供・・・母の兄(十日町市在住)
これが貼られてる建物は中に入るどころか、近づくだけでも危険と見なされる建物に貼ってあります。

この他に黄色の貼り紙(要注意)と水色の貼り紙(安全)を見ました。

ちなみに母の兄が地震後すぐに借りて住んでいる家には要注意の貼り紙が・・・・大丈夫?




写真提供・・・母の兄(十日町市在住)
簡単な補強(すじかい)がされてますが、今にも1階部分が折れそうです。

写真提供・・・母の兄(十日町市在住)
十日町市のメインストリート。店舗どころかアーケード自体も傾いてます。

写真提供・・・母の兄(十日町市在住)
こちらは十日町市内のお寺です。お骨がむき出しになっている為、シートで覆っています。

写真提供・・・母の兄(十日町市在住)
ここからの写真は中越地震後3週間経った11月14日(日)に母と実家を訪れた際に撮影したものです。
行きは高速道路を使い、帰りは下道を通ってきました。
また、地震直後、福島県二本松市の住民の方々からお見舞い金や新品の下着、衣類などがダンボールで送られて来ましたが、やっと届けに行く事が出来ました。
 
 二本松の皆様、この場を借りて、心よりお礼を申し上げます。m(_ _)m
亀田ICより越後川口ICまで、途中長岡から片側通行になり、予想はしていましたが、道路の亀裂や歪み、段差に地震の凄さを思い知らされました。小千谷市を通る頃には高速道路上からでも家屋倒壊などの惨状が見え、越後川口のサービスエリアはトイレは使えるものの、売店、レストランは封鎖状態。

越後川口サービスエリア内のレストラン。建物が椀曲して看板にヒビが入ってます。
高速道路を下りて十日町市へ向かう途中、車内から撮影。信号機の先は道路が崖下に崩れ、バスが通っている道は急遽土を盛って造られた道路です。その先にも道路が無く、山側を削って迂回路が造られてました。
母の2番目の兄が地震後借りて住んでいる家の使ってない部屋もこの有様。
母の実家に到着。土台から落ちた為、建物自体は崩れずに済んだ様です。
屋根に雪が積もれば間違いなく潰れるでしょう。
私も十日町病院で産まれ、母としばらくやっかいになったどころか、
子供の頃は夏休みだけと言わず、しょっちゅう泊まりに来てた想い出深い家です。
もう人が住む事は無くなりました。道路になる為、この土地に家も建てられません。
柱も壁も歪んでます。
これでも片付いた方なんですよ。
台所の天井。地震の際、夕飯の準備をされてる家庭も多かったはず、火災が出なかったのは奇跡です。


庭では冬囲いの準備を待つ木が並べられてましたが、無惨な姿に。
もう、その役割を果たす事はありません。



実家の変わり変わり果てた姿に
母も私も言葉を失いました。


上写真
十日町市の観光スポット「キナーレ」向かいに急ピッチで建てられてる仮設住宅。

左写真
県内外から多くの災害ボランティアの方が来られている為の駐車場です。関東、関西方面のナンバーも多く、遠くは岡山県ナンバーの車もありました。母の兄もボランティアの方に手伝って頂き、大変感謝しておりました。
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